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コスモス

以前、季節外れのコスモスの記事を書きました。

今回は、季節通りのコスモスの開花です。

kosumosu

写真は白だけですが、他にも紅い花やピンクの花もございます。


これから寒くなると、モミジや椿の時期となってきます。
自然の恵みで境内が華やかに色付きます。

来社された際は、足を止めて見てみてください。

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ゆりかご以前から墓場以後まで

少し前までは、日本の社会は「ゆりかごから墓場まで」がモットーのように、保険や社会保障はもとより、会社も終身雇用制などでバックアップしていました。
良くも悪くも、真面目に生活していたなら、中流の生活は出来ていたわけです。

いつのころからか「成果主義」が叫ばれ、「自分さえよければ」という風潮がはびこり、上記のような「社会全体で国民を守る」という風潮が無くなったと思います。
今では子供手当なるもので「社会で子供を育てる」等と戯言を言う始末ですが。。
(子供は、親や家族が育て、地域社会でもまれるものやと思います。お金ではない。)


さて、先日以下のような記事を知り合いが上げていましたので引用させていただきました。
(一部読みやすいように改変しております)

------------------------------(以下引用)------------------------------

うちらの業界(神社界)はまさに『冠婚葬祭』を地でいってるなと改めて思った。
“冠”とは元服すなわち成人儀礼のこと。“婚”は婚礼。“葬”は葬儀。“祭”は盆会など先祖をまつること。
それより先にも誕生から始まり、各種人生儀礼を一通りこなして死後も関わるわけだから、誰かの人生を「ゆりかご以前」から「墓場以後」まで付き添っていっていることになる。
それが親から子へ、子から孫へと子孫を受け継ぐサイクルに合わせて様々な人の人生に寄り添っていくわけだから、どこかで目出度いこともあれば、哀しいことにも巡り会う訳だ。
 
祝い事ならいいのだが、悲しみの席というのは、他人事ながらも感傷的になってしまう。
故人を知らなくとも、遺族や友人らの涙する姿や旅立ちを惜しむ声を聞くと、当人の気持ちに感情移入して貰い涙をしてしまいがちになるのは俺が感傷に流されやすいからだろうか。
 
葬儀のマナーで、香典の表書きを薄墨で書くのは涙で滲んだという意味。
柏手を打たないのは、悲しみに暮れて打つ気力もないということ。
今は『清め塩』は死は穢れという観念が良くないという一部の宗教の考えから“しなくとも良い”となっているが、穢れとは『気(け)枯れ』であって、悲しみで弱った心を立ち直らせるの意なのだと説明している。
これらは故人への哀悼と、悲しみを振り払い元の生活に戻るために様式化された一連の儀式なのだから、頑なに塩という部分にだけにこだわるのはいかがなものかと思う。
 
葬もいつしか年月を経て祭になり、霊魂もご先祖様となって子孫たちの冠や婚をあたたかく見守ってくれるだろう。
日本人の死生観はまずは祖霊崇拝ありきであって、俺らは神まつりというそれを解りやすく儀式化してるだけ。
 
結局のところ、各々が見えない何かを想う心が大切なんだろうと思う。

-----------------------------(引用終わり)-----------------------------

正直、柏手の所は、私は別の意見(故人の魂を呼んでしまわないように)もあるのですが、この意見も納得の理由です。
「ゆりかご以前から墓場以後まで」
私は関わり合った方々に真心を尽くしきれていたのか。
振り返る為の一つのいいきっかけであったと思います。

昨今の「目に見えるモノだけが大事」「自分だけが大事」という考えではなく、最後の一文にあるように「目に見えない何かをも想う」そういう心掛けがあれば、この荒んだ世の中もかなり良い方向に向かうのではないでしょうか。
また、それこそが知性を持つ人間として最も大事なことであるのではないでしょうか。

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大麻の頒布

昨日は神社庁大麻・暦頒布始祭並びに関係者大会に出席するためシェラトン都ホテル大阪に行っておりました。

大麻とはお札のことです。
昔は大麻も神事に使われていたということですので、その事も関係していたのかもしれませんね。

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祝詞について



祝詞(のりと)とは神様に、お参りに来られた方の願いや思いを伝える為の言です。

なので、大和言葉で奏上(そうじょう:読み上げるということ)します。


標記も万葉仮名を使います。つまり、全て漢字でございます。



ちなみに、大和言葉の例です。


地鎮祭(じちんさい)  → とこしずめのみまつり

春秋(しゅんじゅう)  → はるあき

天皇(てんのう)    → すめらみこと

職業(しょくぎょう)  → つとめ

幸福(こうふく)    → しあわせ




などなどです。

他にもいろいろありますが、基本的に訓読みです。

神社で御祈祷を受けられる時は、少し耳を澄ませてみて下さい。いろいろ面白い表現を使っているものですし、神社ごとによって微妙に異なるところがあるのもおもしろいですよ。

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源頼信公 没年について

昨日の日記のコメント返信になりますが、ネタがなかったのでちょうどよかったかなと。

当宮にある文献「河内古市郡壺井宮 河内守頼信公 伊豫守頼義公 八幡太郎義家公 略縁起」「通法寺興廃記」には永承3年9月朔旦(日)にお亡くなりになられ、享年七十四歳であったとあります。
Wiki(おそらくここのことを言われているのでは?)の元の史料が何かは分かりませんが、当宮では当宮に伝わる書物によりお祭りをするという趣旨ですので、この日といたしております。

以前父親(前宮司)は義家公の没年は学会の発表している日と、うちにある史料の日とは違うが、私は神社に伝わる史料でお祭りをすると言っておりましたので、私も踏襲いたしております。


通法寺興廃記の本文を書き下し文にして載せておきます。

≪以下引用≫

然ニ永承三年戌子秋下旬頼信多田之法華三昧院ニ詣、而父兄之霊廟ニ向追福作善ヲ為、翌旦館河陽石丸ノ里ニ帰、幾不而疾ニ染、苦軽浅略ニシテ同九月朔旦於石丸館ニ薨ス、享年七十又四、即当寺巽隅之山頂ニ葬ル、蓮心ト号ス、


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