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明治天皇の御製より今を思う

少し前から、「グローバル化」が叫ばれて久しいですが、はたして世間一般が考えるグローバル化は正しいのでしょうか。
教育では小学校からの英語教育が行われるのもこれの一環だとか。
また、視点を地球規模にし国という枠組みを超えて物を見なければいけないとも言っています。

しかし、足元を見てみると簡単な日本語の理解できない者も多く、また日本語での自己紹介さえ満足にできない者もいると聞きます。
また、海外に転勤などをした人は、あまりに自国のことを知らないことで恥をかき、帰国してから日本文化を学ぶという人も多いと言います。
また、重要な商談では決して英語は使わず、必ず日本語で話すと言います。ニュアンスの違いからくる上げ足を取られないためだとか。


さて、こういった事例は何も現在が初めてではありません。
歴史を振り返ってみると、明治維新後の文明開化時代も現代と同じくいきすぎた欧化政策が取られた時代でした。
「日本古来のものは古くてダメ。欧米の文化は進んでいて素晴らしい。公用語は英語にしよう」といったものです。
しかし、明治天皇はこの機運を良しとしなかったようで、こういった御製をお残しになられています。

開くべき 道はひらきて かみつ代の 国の姿を わすれざらなむ
ときどきに かはりゆくとも いにしへの 聖の御代の おきてわするな


我が国の歴史や伝統に対する深いご理解とご尊重のご姿勢が分かります。
これこそが、国の向かうべき指針ではないでしょうか。
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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