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源頼信公 没年について

昨日の日記のコメント返信になりますが、ネタがなかったのでちょうどよかったかなと。

当宮にある文献「河内古市郡壺井宮 河内守頼信公 伊豫守頼義公 八幡太郎義家公 略縁起」「通法寺興廃記」には永承3年9月朔旦(日)にお亡くなりになられ、享年七十四歳であったとあります。
Wiki(おそらくここのことを言われているのでは?)の元の史料が何かは分かりませんが、当宮では当宮に伝わる書物によりお祭りをするという趣旨ですので、この日といたしております。

以前父親(前宮司)は義家公の没年は学会の発表している日と、うちにある史料の日とは違うが、私は神社に伝わる史料でお祭りをすると言っておりましたので、私も踏襲いたしております。


通法寺興廃記の本文を書き下し文にして載せておきます。

≪以下引用≫

然ニ永承三年戌子秋下旬頼信多田之法華三昧院ニ詣、而父兄之霊廟ニ向追福作善ヲ為、翌旦館河陽石丸ノ里ニ帰、幾不而疾ニ染、苦軽浅略ニシテ同九月朔旦於石丸館ニ薨ス、享年七十又四、即当寺巽隅之山頂ニ葬ル、蓮心ト号ス、


テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

なるほど。
伝わる伝承というのは大切なものです。

仰るとおりWikiで見ました。
この9月1日を新暦に直そうと思い、没年を調べようと思ったのです。
Wikiの典拠はどこなんでしょうねえ。
当時の書物等には載ってないのでしょう?

因みに永承3年9月1日を、現在のグレゴリオ暦になおすと、10月17日ですね。

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