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言語表現について

なかなか興味深い話が某ブログにあったので、引用し、短くまとめてみました。


言語表現についての文章です」



もしも漢字を廃止したら、まず困るのは同音異義語です。


「彼のしこうが理解できない」という文章の『しこう』が、嗜好なのか、思考なのか、指向なのか、志向なのか、全く分からなくなります。
辞書を引いても分からないと、前後の文章で意味を理解するコトになりますが、それは書き手の意図を完全に理解できないコトを意味します。

すると、読み手は読み飛ばすしかなくなります。
書き手は書き手で、読み手が意味を理解できない言葉を避けるようになります。
そして、人々のコミュニケーションから、徐々に語彙(ボキャブラリ)が失われていきます。

同音異義語のみならず、人々が書く文章は自然と『日常的に会話で使うもの』となり、存在、調和、格調といった概念語や、抽象化された表現、そして専門用語が徐々に使われなくなります。

人々が読み書きする文章は、日常会話の文章に限りなく近づいていき、日常的に使われない単語が徐々に消えていってしまいます。
日頃、我々が意識するコトはありませんが、高度な思考には概念語や抽象表現を使ってます。(例えば経済の話では、需要、供給、金融、流動性など)

漢字が廃止されると、これらが語彙から徐々に失われていきます。
そして、概念語、抽象表現、専門用語が書かれた書物を、『誰も読まなく』なり、やがて『誰も読めなく』なります。
その結果、人々は概念語や抽象表現を用いた高度な思考を行わなくなります…

作家:呉善花サン↓
「『日帝問題』になると、韓国人はインテリだろうと庶民だろうと、きまって感情論となり、世界的な水準から歴史を見つめた冷静な議論になることがまずない。それは通常、反日教育や小中華主義のせいだとされてきた。しかし、そればかりではない。そもそも現代韓国は、漢字を廃止したため、世界を論ずるにふさわしい抽象度をもって議論を展開するための言語的なベースが、ほとんど崩壊状態にあるのである。」



ちなみに韓国では、ハングルのみで書かれた図書館の蔵書は全体の5%未満しか無いそうで、学生は図書館の蔵書をほとんど読めないそうです。
常日頃から、韓国人の思考を理解するのは難しいとは思ってましたが、こういうトコに原因があるのかもしれませんね。


私は職業柄古典に接することが多いです。かつては、今以上に口語と文語が区別されていました。そのような状態が、最も美しい日本語の一つとされている大祓詞や、1000年たっても読み続けられる源氏物語といった素晴らしいものが残されたのでしょう。
私は古典に携わるとして、少なくとも今の日本語を古典とするような愚かしいことはないようにしていかなければいけないと思います。
言葉は日々進化するものなのは分かりますが、根本を忘れないようにし、本当の意味での美しい日本語を後世に残し、耳触りや使い勝手だけを考えた最近の話し言葉は残さないようにしなければいけないのかもしれません。

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